㈱大和総研 金融調査部 主席研究員 内野 逸勢
日銀の黒田東彦総裁の後任に、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏を起用する人事案が国会に提示された。後任の植田氏がどのような金融政策を行うか注目が集まっており、特に市場との丁寧な対話の中で「金融政策の正常化」をどう進めていくかが今後の金融政策運営の成否の鍵を握ろう。そもそも「金融政策の正常化」あるいは「正常な金融政策」とはいかなるものか。日本銀行によれば「金融政策」とは、金融市場に資金を供給する(=金融緩和)、吸収する(=金融引締)という公開市場操作などの手段を用いて、金融市場における金利の形成に影響を及ぼし、通貨および金融の調節を行うことである。「金融政策」を決めるのは、日本銀行・政策委員会によって年8回開催される「金融政策決定会合」であり、金融経済情勢に関する検討を行い、次回会合までの金融政策の運営方針を決定する。
日本銀行が、この金融調節の操作・誘導目標とする金利が政策金利であり、通常は短期金利である。政策金利が下がると、金融機関は、低い金利で資金を調達できるので、貸出金利を引き下げることが可能となる。それによって経済活動がより活発となり、景気を上向かせる方向に作用し、物価に押し上げ圧力が働く。このように、景気を上向かせるために行われる金融政策は、金融緩和政策と呼ばれる。その一方、政策金利が上昇すると、金融機関は、以前より高い金利で資金調達しなければならず、貸出金利を引き上げるようになり、企業や個人は資金を借りにくくなることで、経済活動が抑制されて、景気の過熱が抑えられ、物価に押し下げ圧力が働くことになる。このように、景気の過熱を抑えるために行われる金融政策は、金融引締政策と呼ばれる。日本銀行は金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」(日本銀行法第2条)としている。この理念を政策金利の引き上げや、引き下げによって実現することが「正常な金融政策」といえよう。
しかし、この伝統的かつ正常な金融政策が機能しなくなったため、「ゼロ金利政策」(1999~2000年)が導入され、これに加えて「量的緩和政策」(01年から操作目標を日本銀行当座預金残高に変更)、「質的緩和政策」(10年からの多様な資産の買い入れ)などの非伝統的な金融政策が実施されてきた。
さらに13年1月22日に公表された政府日銀の共同声明において、日本銀行は、消費者物価の前年比上昇率で2%とする物価安定の目標の下、金融緩和を推進し、これをできるだけ早期に実現することを目指すとし、いわゆる異次元緩和といわれる金融政策が実行に移されてきた。その中には「量的・質的金融緩和」(操作目標をマネタリーベース(市中に出回っているお金(=「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」)に「日銀当座預金」を加えたもの)に変更)、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」(16年1月)、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」(短期金利にマイナス金利を適用するとともに、長期金利は10年物国債利回りがゼロ%程度で推移するよう、長期国債を買い入れる政策。長期金利を操作目標に加えた)などが含まれる。その後は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の持続性を維持すること(18年7月)、さらには新型コロナウイルス感染症の経済へのマイナスの影響下においても「金融緩和の強化」を維持すること(20年4月)が金融政策決定会合で決定された。
21年3月の金融政策決定会合においては、これまでの金融政策の点検が始まり、長期金利について、「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買い入れを行う」(議事要旨)という操作方針の下で、平素は柔軟な長短金利操作の運営を行うため、その変動幅は±0.25%程度であることを明確化した。22年12月の金融政策決定会合においては、緩和的な金融環境を維持しつつ、市場機能の改善を図るため、長短金利操作の運用を一部見直し、従来の操作方針を維持した上で、国債買い入れ額を大幅に増やしつつ、長期金利の変動幅を、従来の「±0.25%程度」から「±0.5%程度」に拡大することなどを決定した。
このように非伝統的な金融政策緩和を20年以上、異次元緩和10年と、長年積み上げてきた「非正常化された金融政策」を「正常化」に向けて踏み出すことは、困難極まりないことは容易に理解できる。今後短期的に想定されるシナリオの一つとして、日銀が中長期的な経済成長にも配慮した政策運営に転換することが考えられる。具体的には、長短金利操作から以前の短期金利操作へと段階的に移行し、長期金利の正常化を目指すものである。長期金利を起点に低金利環境を徐々に脱することで、短期的な景気への悪影響に配慮しつつ、中長期的な経済成長の両立を図るという考えである。しかし、このシナリオを実現するのは簡単ではない。22年12月の決定会合後には「事実上の利上げ」との受け止めが広がり、金融市場が動揺した。このため「正常化」のための「修正」を混乱なく進めるためには、長期金利の緩やかな上昇を混乱なく市場に織り込ませることのできる、高いコミュニケーション能力が新総裁には最も求められるであろう。
(2月21日執筆)
