日経BP総合研究所 上席研究員 渡辺 和博


 安土桃山時代の名前の由来となった安土城は、織田信長が最後に建てた城で、滋賀県近江八幡市安土町にある城址に名残をとどめています。そのお膝元に当たる場所に、織田信長が茶の湯のためにくませた湧き水「梅の川」がありました。現在は地下水の水位が少し下がったために「梅の川」の水は枯れていますが、すぐ近くに今もこんこんと水が湧いている場所が何カ所もあります。

 そんな湧き水スポットの真上に建てられた料亭で、食事をする機会がありました。地元で採れる川魚や野菜、果物などをランチのコース料理でいただいたのですが、最初に日本酒を飲むぐい飲みサイズのグラスで、厨房に湧いている水がそのまま何の味付けもせずに出されました。

 水の味の微妙な違いを私が分かるわけではありませんが、信長もこの水のおいしさを理解してわざわざ求めていたのかと思うと、何か貴重なものをいただくような厳かな気持ちになりました。たった一口の水ですが、私にとっては強く記憶に残る体験となりました。

 料亭でいただいたコース料理は、どれもきれいな器に盛りつけられていて、それぞれの素材の味を生かしながら見た目も美しく、日本料理の技を駆使した良い仕事を感じさせるものでした。素材自体は高級な肉や遠くから取り寄せた海鮮などが使われているわけでなく、あくまでも地元でその時期に採れた旬のものばかりでした。一つひとつの料理を提供するときに、まだ若い料理長からその食材や地域の食文化について、詳しい説明があり、地域の自然や季節に対する感謝の気持ちを主客で共にすることができました。

 地域の資源を活用してヒット商品をつくるためにはストーリーが重要だと、よく言われます。私自身もこのコラムをはじめさまざまなところで、何度もそのように取り上げています。「信長の水」体験を通じて感じたことは、ストーリーが体験としてお客さんに届き、深く心に刻まれるためには、もう少し必要な条件があるのではないかということです。

 ストーリーは、演劇でいうと脚本のようなもので、それが観客に届くためには、形にして見せる役者や舞台が必要だというような感覚です。今回の私の体験に置き換えてみれば、ストーリーは「信長が追い求めた水の味」であり、それを形にしたのが「一杯の水」や「その水で育った地域の野菜や川魚」で、さらには一つひとつの料理について語ってくれる料理長さんも役者の役割を果たしてくれたといえそうです。舞台装置に相当するのは、それらをいただいた料亭の快適な空間や、美しい器でしょうか。

 おそらく、信長の水に相当するようなストーリーを持つものは、全国各地に多数あるのでしょう。しかし、ただあるだけでは宝の持ち腐れです。もし良いストーリーがあるのにうまく生かせていないと感じるのではあれば、もう一度、それを形にする役者と、役者と顧客をつなぐ舞台が機能しているかどうか、チェックしてみてはいかがでしょう。