㈱大和総研 金融調査部 主席研究員 内野 逸勢
今の世の中、"移行"(トランジション)、"変革"(トランスフォーメーション)という言葉がまん延している。主な例として、パワー・トランジション(=大国間のパワーバランスが崩れることによる新たな国際秩序への移行)、エネルギー・トランジション(=化石燃料からの脱却)、トランジション・ファイナンス(=脱炭素社会に向けて温室効果ガス削減の長期的な企業の取り組みを支援する新しいファイナンス手法)、デジタル・トランスフォーメーション(既存のビジネスモデルの変革を伴うデジタル化)などが挙げられる。当然ながら、移行・変革が多ければ多いほど現在の体制、状態は全部ではないにしろ否定されることとなり、将来の予見可能性が低くなる。それ以上に、移行・変革に取り組んでいる主体(国、産業、企業、専門家など)の多くが、移行そのものに注力し、その後の状態を必ずしも明確に描いていないことが、将来に対する不透明感をさらに強めている。
その上、急激な移行・変革への揺り戻しが発生していることも移行・変革後の見通しを不透明にしている。まずは、エナジー・トランジションである。ロシアのウクライナ侵攻の長期化により、安定したエネルギーを安全に供給することも必要であり、エナジー・トランジションとは、ただ化石燃料を減らして再生可能エネルギーに切り替えればそれで事足りるわけではないことが明らかになった。脱炭素と安定供給の両方のバランスを維持することが最大の課題となってきている。
またトランジション・ファイナンスにも移行への反動がある。新たなファイナンス実施の基準となるグローバル化によって、それまで共有できていたESG、SDGsの価値が自明ではなくなっているため、移行の道筋が見えにくくなっている。
デジタル・トランスフォーメーションについても変革への揺り戻しがある。GAFAがグローバル企業として企業価値の成長を謳歌(おうか)していたが、グローバリゼーションの後退により人、モノ、カネ、情報、技術の自由なグローバルな移動が制限されてきたことで、ビジネスモデルに陰りが見え始めている。既存の大手上場企業の多くが、ユニコーンが創出したイノベーションによって、デジタル・トランスフォーメーションの名の下、事業ポートフォリオの見直し、あるいはコア事業の変革まで迫られていたが、変革の先の見通しが不透明になっている。
最後が米国の一強体制を突き崩しつつある中国の台頭がもたらすパワー・トランジションである。この"移行"の背景には行き過ぎたグローバリゼーションの反動があろう。グローバリゼーションは産業再編を促す一方で、一部のグローバル企業や個人の富を増大させ、競争力が相対的に低い産業を退出させることになり、両者の所得・資産の格差を拡大させることにつながってきた一面も否定できない。確かに中国は、既存の国際秩序に異を唱えて、新たな秩序の構築を目指している側面があるが、それは既存の国際秩序をけん引してきた英国のEU離脱、米国ではトランプ政権の誕生とその政策に代表されるような保護主義的な風潮の隙を突いたものでもある。
このように将来の予見可能性が低下している世界では、あらゆる事態を想定しておくことが必要になる。その中でも、短期的に急激な変化を促す、あるいはもたらす移行・変革には必ず反動があり、成功に至ってもその成功は事前に想定されたものとは似ても似つかないものになると考えておいた方がよい。
筆者は、金融機関を中心とした企業の経営層向けに講演会・レクチャーを年間100回程度行っている。そうして得た知見によれば、この反動を想定することに長けている経営者が取り組んでいるビジネスモデルの移行・変革は正しく進展している事例が多い。この移行・変革そのものに注力するよりも、この移行・変革後の状態を正確かつ詳細に見通すことこそが、移行・変革の本質を見極めることではないだろうか。
